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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(行ツ)83号 判決

上告人

明治商事株式会社

右代表者代表取締役

高杉秀吉

右訴訟代理人弁護士

蘆野弘

村松俊夫

被上告人

公正取引委員会

右代表者委員長

高橋俊英

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人蘆野弘、同村松俊夫の上告理由第一について

論旨は、要するに、本件審判開始決定書には、上告人が昭和三九年九月から育児用粉ミルク「ソフトカードFⅡ」(以下「FⅡ」という。)を発売するにあたり後記のような販売方策(以下「本件販売方策」という。)を採用したことが私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「法」という。)一九条に違反するとのみ記載されていたのに、審決が、右記載の範囲を超え、本件販売方策は上告人の販売する他の育児用粉ミルクについても適用されるものであるとして、育児用粉ミルク一般につき右販売方策の排除を命じたことは、審判手続における上告人の防禦権を侵害し、かつ、実質的証拠によらずに事実を認定したものというべきであり、これを是認した原判決は違法である、というのである。

よつて按ずるに、本件審判開始決定書の記載によれば、本件販売方策がFⅡの発売にあたつて採用されたものであるとされていることは所論のとおりであるが、審判の経過をも勘案すると、本件において審判の対象とされている事項は、上告人が育児用粉ミルクの価格維持を図るため昭和三九年七月一三日及び同月二五日の常務会で決定した本件販売方策そのものであつて、審判開始決定書に商品名としてFⅡが挙げられているのは、右販売方策がたまたまFⅡの発売を機に決定、実施されたことを示すにすぎず、FⅡのみに適用されるものであるとの趣旨ではないと解される。そして、本件審判においては、右販売方策が広く上告人の販売する育児用粉ミルク一般についての価格維持対策として採用されたものであることを推認せしめる証拠が取り調べられており、審決は、これらの証拠に基づき、FⅡ以外の育児用粉ミルクにも右販売方策が適用されるものであると認定しているのであるから、審決の右認定につき、上告人が所論のようなFⅡ以外の育児用粉ミルクに関する事情を主張立証して防禦する機会がなかつたものとは認められず、また、審決の右認定をもつて不合理なものであるということもできない。それゆえ、審決が育児用粉ミルク一般について右販売方策の排除を命じたことは相当であつて、これを是認した原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二について

審決の認定によれば、明治乳業株式会社の製造する育児用粉ミルクの総発売元である上告人は、FⅡを発売するにあたり、商品の価格維持を図るため、一定の卸売価格及び小売価格を自ら指定し、これを販売業者に遵守させる方策として、(1)右指定価格によつて販売することを誓約して上告人に登録した販売業者とのみ取引すること、(2)卸売業者が指定卸売価格を守らず又は登録小売業者以外の小売業者と取引したときは、卸売業者の売買利潤を補填するために上告人から別途に交付する約定のリベートを大巾に削減すること、(3)上告人と直接取引する小売業者(特殊先小売業者)が指定小売価格を守らなかつたときは、その登録を取り消すこと等を決定し、この本件販売方策を取引先の販売業者に通知して実施したものである、というのであり、上告人がいわゆる再販売価格維持行為を行つたものであることが明らかである。そして、審決及び原判決は、上告人の右行為は、卸売業者と小売業者との取引又は特殊先小売業者と一般消費者との取引を拘束する条件をつけて当該卸売業者又は特殊先小売業者と取引したものであるとし、法二条七項四号に基づき被上告委員会の指定した不公正な取引方法(昭和二八年同委員会告示第一一号。以下「一般指定」という。)の八に該当する、と判断しているのである。

論旨は、再販売価格維持行為による取引価格の拘束は一般指定八にいう「取引」の拘束に含まれないものであり、一般指定八が再販売価格維持行為を対象としたものと解することは、一般指定八及び法二四条の二の解釈を誤つている、と主張する。

按ずるに、一般指定八は、「正当な理由がないのに、相手方とこれから物質の供給を受ける者との取引を拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること」を不公正な取引方法の一つと定めているところ、公正な競争を促進する見地からすれば、取引の対価や取引先の選択等は、取引の本質的内容をなすものとして、当該取引の当事者が経済効率を考慮し自由な判断によつて個別的に決定すべきものであるから、右当事者以外の者がこれらの事項について拘束を加えることは、右にいう「取引」の拘束にほかならない。そして、上告人の本件再販売価格維持行為は、相手方たる卸売業者又は特殊先小売業者が第三者とする取引について取引価格や取引先を制限し、その違反に対して経済上の不利益を課することにより、事実上指定価格の遵守を強制するものであるから、かかる行為が一般指定八の定める拘束条件付取引にあたることは明らかである。一般指定八が再販売価格維持行為を対象としたものではないとの所論は、独自の見解にすぎない。また、法二四条の二は、被上告委員会の指定を受けた一定の商品及び著作物の再販売価格維持行為について法の適用を除外しているが、上告人の育児用粉ミルクが右指定を受けた商品でないことは、上告人の認めるところである。したがつて、本件再販売価格維持行為は、一般指定八にいう「正当な理由」のないかぎり、不公正な取引方法として違法とされることを免れないというべきである。

原判決の説示するところも以上と同旨であるから、その判断に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三について

論旨は、本件再販売価格維持行為は上告人の事業経営上当然許さるべき範囲内のものであるにもかかわらず、これについて原審が一般指定八の「正当な理由」がないとしたことは、一般指定八の解釈適用を誤つたものである、と主張する。

思うに、法が不公正な取引方法を禁止した趣旨は、公正な競争秩序を維持することにあるから、法二条七項四号の「不当に」とは、かかる法の趣旨に照らして判断すべきものであり、また、同号の規定を具体化した一般指定八は、拘束条件付取引が相手方の事業活動における自由な競争を阻害することとなる点に右の不当性を認め、具体的な場合に右の不当性がないものを除外する趣旨で「正当な理由がないのに」との限定を付したものと解すべきである。したがつて、右の「正当な理由」とは、専ら公正な競争秩序維持の見地からみた観念であつて、当該拘束条件が相手方の事業活動における自由な競争を阻害するおそれがないことをいうものであり、単に事業者において右拘束条件をつけることが事業経営上必要あるいは合理的であるというだけでは、右の「正当な理由」があるとすることはできないのである。

所論は、法二四条の二第一項が、被上告委員会の指定を受けた商品につき、競争阻害性の有無にかかわりなく再販売価格維持行為を適法としていることを根拠として、右の「正当な理由」の解釈を争い、同条一、二項の定める指定の要件に事実上適合している商品については、形式上被上告委員会の指定を受けていなくても、その再販売価格維持行為に右の「正当な理由」を認めるべきであると主張する。しかし、法二四条の二第一項の規定は、再販売価格維持行為が競争阻害性を有するかぎり違法とされるべきものであることを前提として、ただ、販売業者の不当廉売又はおとり販売等により、製造業者の商標の信用が毀損され、あるいは他の販売業者の利益が不当に害されることなどを防止するため、同条一、二項所定の要件のもとにおいて、被上告委員会が諸般の事情を考慮し価格維持を許すのが相当であると認めて指定した一定の商品につき、その再販売価格維持行為を例外的に違法としないこととしたものであつて、販売業者間の競争確保を目的とする一般指定八とは経済政策上の観点を異にする規定であると解される。したがつて、法二四条の二を根拠として一般指定八の「正当な理由」の解釈を論ずることは当をえないのみならず、被上告委員会の指定を受けない以上、当該商品が事実上同条一、二項の定める指定の要件に適合しているからといつて、直ちにその再販売価格維持行為に右の「正当な理由」があるとすることはできないというべきである。また、当該商品が不当廉売又はおとり販売に供されることがあるとしても、これが対策として再販売価格維持行為を実施することが相当であるかどうかは、前記指定の手続において被上告委員会が諸般の事情を考慮して公益的見地から判断すべきものであるから、右指定を受けることなく、しかもすべての販売業者に対して一般的・制度的に、再販売価格維持行為を行うことは、右の「正当な理由」を有しないものといわなければならない。

原審は、以上と同旨の見解に基づき、上告人の本件再販売価格維持行為には一般指定八の「正当な理由」がないと判断しているのであつて、審決の認定した事実関係のもとにおいては、その判断は正当として是認することができる。なお、所論は原判決の判断遺脱をいうが、原判文に徴すれば、一般的・制度的な再販売価格維持行為については個々の販売業者に対する関係ごとに右の「正当な理由」の有無を論ずる余地はないとして、所論の主張を排斥した趣旨であることが明らかである。それゆえ、原判決に所論の違法はなく、論旨は独自の見解又は審決の認定しない事実を前提として原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第四について

論旨は、審決の命じた排除措置が不明確であり、これを是認した原判決には審理不尽、判断遺脱の違法があると主張するが、審決は、昭和三九年七月の常務会で決定された本件販売方策そのものを対象として、右方策全体を破棄すべきものとし、かつ、すべての育児用粉ミルクの販売につき右方策に基づくリベートの算定及び登録の取消をしてはならないこと等の措置を命じているのであるから、右排除措置の内容及びその効力の及ぶ範囲はおのずから明らかであり、所論のいうようにその適用を受ける育児用粉ミルクの範囲が不明確であるということはできない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 岡原昌男 小川信雄 大塚喜一郎)

上告代理人蘆野弘、同村松俊夫の上告理由

第一、原判決のFとFMとに関する販売方法の具体的施策と主文の排除措置の判断について

(原判決の理由二の2、3、六の(二))

一、原判決の認定しているとおり、被上告人の審判開始決定書には、被疑事実として、「原告がその商品FⅡの販売にあたり、価格安定を図るため、卸売価格、小売価格を指示し(以下指示価格制という)、右指示価格によつて卸売、小売をする旨約束した者のみを登録し、登録業者にのみこれを販売する(以下登録業者制という)という販売方策をとつたことが、一般指定の八(法二条七項四号)、法一九条に違反する」旨記載されていることは、審判記録上明らかである。また、本件審判開始決定書には、FⅡの販売に際して原告の採つた本件販売方策が法に違反する旨記載されていたところ、審決主文においては、「原告が昭和三九年七月一三日の常務会において決定した原告の販売する育児用粉ミルクの販売方針」についてという表現でなされたことは、当事者間に争がないと、原判決は判示している。さらに、原判決には判示されていないが、本件記録に存する被告の勧告書、審査官の意見書および審決案にすら、上告人が原審で主張したように、審判の対象物件を、上記のように、FⅡ明治粉ミルクと限定して表示されているのである。

また、販売方策についても、具体的施策としての、高額払込制度とリベート制度については、審判開始決定書には触れていない(もつとも、後者については第六回、第七回の審判期日において審査官は主張している)。ことは、原審において、被上告人も認めているところである。

これらの点について、原審は、左記のように判示している。すなわち、「審決の本質は、あくまで経済社会における公正な競争秩序維持を目的とする被告の行政処分であり、被告は被疑事実があれば、みずから調査し、審判開始決定をし、さらに審決するのであるから、右手続は、職権ないし糾問主義を基調としているのであることを前提として、対審構造による審理においても、げんかくな当事者主義ないし弁論主義の適用はなく、上告人の防禦を不可能にしたり、もしくは著しく困難ならしめるような事がらについての審理判断は、審判手続上の信義則に反して許されないことになると解せられるにとどまる」。さらに、右判断を前提として、販売方法の具体的方策の点については、上告人に対し、審理、判断について、信義則に反するものではないと判示している。FMとFの問題については、本件審決書、審判記録、右審決主文は、右販売方針、販売方策がFⅡのみならず、その他の原告により販売される育児用粉ミルクについても適用されるもの、少くともそのおそれが強いものとして、FⅡにとどまらず、広く右育児用粉ミルク一般につき右のような販売方針、方策を採ることを禁じたものであることが明である。さらに、行政目的を達するに、必要性ある限り、これらの事実についても相当の措置を命じ得るものであり、むしろ命ずべきものであるとの前提の下に、被告の審決を適法としている。

二、被上告人が行政庁であつて、その内容からみて審決が行政処分であり、その目的が経済社会での公正な競争秩序の維持を目的とするものであることは、原判決の判示するとおりであるが、それだから、といつて、直ちに審決手続が当然当事者主義ないしは弁論主義を排除し、職権ないし糾問主義であるということにはならず、対審構造をとつた審理手続の規定と精神によつて、当事者主義ないし弁論主義が当然適用されるか、どの範囲で準用されるかを定むべきであつて、原判決の判示するような、本来取引の準則である信義則というあいまいな規準を以つて、げんかくに法定されている手続の解釈を、事件ごとに区々となるようなあいまいな標準によるべきでない。被告の審判手続は判決手続と同様に対審構造によつていて、記録についても閲覧と謄写を許しているし、主張と立証についても、大体訴訟手続に類似している。殊に、審判手続では、審決前に審決案を、被上告人と被審人に提示し、これに対し異議を述べる機会を与えなければならないとしている(公正取引委員会の審査及び審判に関する規則第六六条ないし第六八条)。この規定は判決手続には全くない規定で、被審人に対し審判事項について、十分に攻撃防禦方法の提出の機会を与える趣旨が含まれていることは、認められることであるから、この点を考えれば、審判の性質と目的は、職権ないし糾問主義によつているものであつても、その手続の面では当事者主義ないし弁論主義の精神を大幅に採用しているものであつて、たんに法に明確な保証のない信義則的な制約を受けるにすぎないと断定する原判決の判示は、法の解釈を誤つているものといわざるを得ない。

三、(一) この点を、本件においての具体的な事実に即して検討したい。本件の常務会決定がFⅡの販売にさいしてなされたものであることは、当事者間に争のないところである。

被上告人の審判においても、上告人は、審判開始決定に上記のようにFⅡと明記されていたのであるから、FⅡに関してのみ防禦方法を提出していたのである。審判官の審決案すらFⅡと限定されていたのであるから、少くとも審決案が作成された当時までは、審査官と被審人と審判官の三者は全部FⅡのみを頭において審理に臨んでいたので、参考人に対する審尋においても、その態度で審尋がなされていたのである。この点について、原判決は6の(二)において、育児用粉ミルク一般のものであるとの実質的証拠があるとして、参考人の供述等を援用しているが、参考人に対する取調べもすべてFⅡについての問題であることを前提とし、また上告人代理人はFⅡ以外の育児用粉ミルクが問題になつていることは全く考えもしなかつたし、考えられる状況も全くなかつたのであるから、この点については全く反対尋問ができなかつたのである。しかも、上記のような経過であるから、上告人がFⅡ以外の育児用コナミルクが審判の対象となつていないと考えることについて、全く過失がないといわざるを得ないのである。

それなのに、このような状態であることを全く無視し、形式的に参考人の供述等をとつて、実質的証拠ありとした原審の判示は、実質的証拠の意義とその解釈を誤つたものといわなければならない。

殊に、上告人は原審において主張したとおり、FⅡについては昭和四三年からその製造をやめており、FMについてはその発売当初から全く上記常務会決定にはよつていなかつたのであるから、もし本件審決の対象が右両者をも含むことが判つていたならば、右の点についての立証はきわめてよういにできたのである。この点について、原判決は上記常務会決定は「FⅡのみに限る施策とは認められず、むしろこれと同種、類似の原告によつて販売される育児用粉ミルクにも適用され、もしくはされるおそれがきわめて強く、したがつて右販売方策によつて阻害された競争秩序の回復、維持のためには広く『原告の育児用粉ミルクについて』右販売方策を排除すべき措置を採る必要があつたと認められる。」と判示している。しかし、上記常務会決定のあつたことを認定している以外、FとFMについて具体的に適用したということはもちろんなんの事実をも認定していない。本件審決もまたそうである。右決定のあつた一事でどうして右のように判断できるのか、全くなつとくができない。高額払込制とりベートとの問題についても同様の問題があるが、この点については、原判決は「審判手続において審理、判断の及ぶことは必然であり、被審人も当然これを予期し得ることであるから、そのため被審人が防禦権の機会を失い、ひいて適正な審判が得られなかつたということはとうていいえないし、本件審判記録によると、原告が十分防禦の機会を有し、これを活用していたことが明らかであつて、その主張のごとき不利益をこうむつたことは認められない。」と判示しているが、FとFMに関する主張に対しては、なにも右のような判示すらしていない。

(二) 本件常務会決定がなされたのは昭和三九年七月一三日であり、本件審判が開始されたのは昭和四一年一月二一日で、審決案が上告人に送達されたのは昭和四二年三月二〇日で、審決がなされたのは昭和四三年一〇月一一日である、したがつて、審判が開始されてから審決がなされるまでの間に四年余の時間があつたのである。その間に上告人が本件常務会決定をFと新製品FMについて現実に適用していたかどうかは全く調べていないのであるし、審決においてもこの点については、全くなんの認定をしていない。それで本件常務会決定はFⅡに限らず育児用コナミルク全般にわたつて適用する趣旨であつたと、上記のように判断しているのである。

その認定の誤つていることは上記主張のとおりであるばかりではなく、本件常務会決定がFとFMについて実際に適用されていたかどうかについては、本件審判手続で全く審理判断しないで、上告人にも全くこの点についての防禦方法を提出させる機会を与えていないのである。審判手続について、これを追行するについて強い職権を有している被上告人自らも、重要な事実であるこの点については具体的にはなにも審理していないのである。したがつて、被上告人はこの点については審理を尽さず、その結果、事実誤認の誤りをおかしているのである。それなのに、原判決は右判断を右記の点について十分の判断を示すことなく、被上告人の判断を是認したのである。原判決はこの点においても審理不尽の違法があるといわざるを得ない。

(三) 上記(イ)、(ロ)の主張が理由がないとしても、原判決には下記のような判断、遺脱の違法がある。原審は、「被審人の防禦を不可能にしたり、もしくは著しく困難ならしめるような事がらについての審理判断は審判手続上の信義則に反して許されないことになる。」と判示している。FとFMに関しては、上記で詳しく主張したように、上告人においては全く防禦方法を提出する機会が与えられず、また防禦方法を提出することができなかつたことについて、全く故意はもちろん過失すらなかつたのであるから、FとFMまでを含めてなした被上告人の審判は、正しく原判決の右判示に該当する場合であるのに、この点についてなんら触れることなく、上告人の主張を排斥したのは、判断遺脱か或は理由そごの違法があるといわざるを得ない。

第二、再販売価格維持行為は「取引の拘束」ではないという主張について

(原判決の理由二、5、(一))

一、いわゆる再販売価格維持行為が昭和二十八年公正取引委員会告示第十一号不公正な取引方法(以下「一般指定」という。)の八にいう「取引の拘束」ではないという上告人の主張に対し、原判決は私的独占禁止法(以下「法」または「本法」という。)第一条に示された立法の目的および再販売価格維持の性格作用等を詳細に述べた上(ここに示された再販売価格維持に対する原判決の判示の誤まれることについては後第三、八中でふれる。)

これが法の目的に沿わない行為であることが明らかであり、畢竟、それは、法二条七項四号の「相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもつて取引すること」に当り、「公正な競争を阻害するおそれある」ものというべく、しかも一般指定の「相手方とこれから物資(中略)の供給を受ける者との取引(中略)を拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。」に当ると解せられる。(傍線筆者)。

として、これを排斥している。この文章では再販売価格維持が法の目的に沿わない行為であるということ、それが法二条七項四号に該当するということ、更にそれが一般指定の八に該当するということの三つの断定の間に如何なる関係があるのか明瞭でないが、一般指定八に該当すると解する理由をかくべつ挙げていないところから見ると、その言わんとするところは、再販売価格維持は法の目的に沿わない行為であり、法二条七項四号にも該当するが故に違法である、或は、一般指定八に該当するものと解すべきだというに帰着するものと解するほかない。

二、いうまでもなく法第一条は本法の目的およびその根底に横わる理念を宣言したに過ぎないもので、それは法の各条項の解釈適用の指針となることは別として、本条自体によつて事業者等が規制を受けることはない。すなわち、たとえ如何に本法の趣旨に反し好ましからざることが明白な行為であつても、それが第一条以外の条文の何れかに触れない限り、これを本法違反として取締りまたは処罰することはできないことは全く異論のないところと思われる。また法二条七項は公正取引委員会が不公正な取引方法を指定し得る範囲および要件を規定したものであつて、事業者が直接本項によつて規制されるものでないことは本項および法一九条の文面に照らして明らかである。すなわち、たとえ同項各号に含まれ且つ競争を阻害するおそれのある行為でも、公正取引委員会によつて指定されてない以上事業者を拘束する規範ではあり得ない理である。(この意味において、審判開始決定書も審決案も何れも適用法条として一般指定八と法一九条とを掲げているのみであるのに審決に至つて法第二条七項を併記することとなり原判決またこれを是認しているかに見えるのはその真意を解するに苦しむ。)ここで問題は一に被疑行為が一般指定の八に該当するや否やになければならぬ。

三、上告人が前記の如き主張をする理由はおよそ次の如くであつた。

(一) 再販売(再々販売を含む。以下同じ。)価格維持は第三者間の取引の条件の一である価格の拘束ではあるが取引の拘束ではない。取引そのもの拘束と取引の一つの条件の拘束とは字議上も別であり、その経済上の意義も異る。(本質上取引の拘束はその一つの条件の拘束より事業活動に対するいつそう強い制限であつて、その取引界におよぼす影響もいつそう深刻なのが常であることは、条理上、経験則上明らかなことはいうまでもない。)取引の条件のうちでも対価は独占禁止政策上特に重要な要素なのでこれに関して規定するときは常に明示的に特記するのが例である(法第二条第六項不当な取引制限の定義中の例示、旧法(昭和二八年九月改正前の法、以下同じ)第四条第一項第一号、一般指定四および五の如き)。若し一般指定八に対価の拘束まで含める意味であるならおのづから、もつと異つた書き方があつたはずである。殊に再販売価格維持を一律に禁止する趣意ならば、指定制度の本旨に顧み、これを明示するのが当然である。

(二) この規定は沿革上市場独占の手段として、しばしば用いられる排他的取決めを対象としたものであることが明らかで、再販売価格維持などに向けられたものではない。もつとも排他的取決めについてはもう一つ一般指定七(旧法二条六項五号)があるが、これは自己の競争者と取引しないことを条件として相手方と取引する場合に限られている。これは米国のクレイトン法三条を傚つたものと認められるが、これでは競争者以外との取引を不当に制限する場合に及ばないので、米国法を継受するに当り新たに加えられたものと解する。

(三) 被上告人が本法施行以来、一般指定八の前身である旧法二条六項六号前段または一般指定八を適用した審決例は

昭和二十四年(判)第七号

松竹株式会社外六十六名に対する件

昭和二十五年(判)第十一号

東宝株式会社外一名に対する件

昭和二十五年(判)第三十号

株式会社埼玉銀行外十七名に対すを件

昭和二十六年(判)第十三号

三菱造船株式会社外一名に対する件

昭和二十五年(判)第四十九号

富士電機製造株式会社に対する件

昭和二十九年(判)第四号

雪印乳業株式会社外三名に対する件

昭和二十九年(判)第三号

株式会社北国新聞社に対する件

昭和三十二年(勧)第一号

鳥取青果商に対する件

昭和三十九年(勧)第十四号

日本水産株式会社に対する件

等数少くないのであるが、そのうち、例えば、埼玉銀行の件は同行が生糸工場にまゆ購入資金を融資するに当り、同行の支配下にある丸佐生糸株式会社に一手に輸出生糸を取扱わせ、他の輸出会社とは一切取引しないことを条件としたもの、雪印乳業等に対する件は、農林中央金庫は農業協同組合に乳牛導入資金を融資するに当りその組合、組合員およびその保証人についても、それらの生産または販売する原乳を雪印乳業株式会社北海道バター株式会社の両社にのみ販売することを条件としたこと、および北海道信用農業協同組合連合会は乳牛導入資金の融資を保証するにあたり、右両社のみと取引することを条件としたのに対し、いずれも一般指定八を適用したものであり、また、北国新聞社の件は、同社が他の新聞紙に広告を掲載しないことを条件に映画館の広告料を大幅に割引くことを申出でた結果、競争者である北陸新聞と特別の関係を有する二館を除き、他の五館が北陸新聞に広告掲載を中止するに至つたという事案に対して、一般指定八を適用したものであるというふうに、その他いずれも取引自体を拘束したものであつて、価格その他取引の条件のみの拘束に本規定を適用した例は、本件の手続開始直前(昭和四〇年五月二〇日審決、昭和四〇年(勧)第六号、花王石鹸株式会社に対する件)まで一件もない。他面、この期間中に被上告人が再販売価格維持を本法違反とした事件は、旧法時代には昭和二十五年(判)第二八号北海道バター株式会社外八名に対する件、ならびに昭和二十五年(判)第五八号株式会社中山太陽堂外六名に対する件、現行法となつてから昭和二十九年(判)第二号野田醤油株式会社に対する件の計三件あるが、このいずれにも不当な取引拘束の規定は適用されておらず、北海道バター等は旧法の四条一項一号、三条後段および四条一項三号、中山太陽堂は四条一項三号、野田醤油は現行法三条前段を以て処理している。当時の審決集を通覧すると違反法条が競合するときは、前記北海道バターの例に見る如く、その全部を克明に列挙するのが一貫せる例であつたところを以て見ると当時被上告人は再販売価格維持を不公正な取引(競争)方法とは看ていなかつたといい得る。これをみても上記上告人の主張が僻説でないことがわかると思う。

然るに原判決はかくの如き上告人の具体的な主張には、全然判断を加えることなく、法の目的に反するというような漠然たる理由でこれを一蹴しているのは明らかに法令の適用を誤つたものである。

四、原判決は、更に、法二十四条の二は「再販売価格維持行為が本質上不公正な取引方法であることを前提として、一定の要件のもとに法の適用の除外される特例を定めたにすぎず、右除外に当らない限りは本質的に不公正な取引方法になることを示すものと解せられる」といつている。

法二十四条の二が再販売価格維持が原則として違法であるか、少くともそのおそれがあることを前提としていることはじゆうぶん推測できる。しかし、それがはたしていずれの条項からの適用除外を定めたものであるかは法文には現われておらず、説のわかれるところである。再販売価格維持が不公正な取引方法であるという前提を許すならば、もとより原判決のいう如くになる。しかし上告人は今その前提を争つているのである。また「右除外に当らないかぎり本質的に不公正な取引方法になる」というのも同じ前提の上でのみいい得ることである。この立場をはなれて読むならば、本条は一定の要件をそなえた再販売価格維持は本法の適用を免れることを定めたまでゝ、その反面その他の再販売価格維持は当然違法であるという法意は現われていない。これを要するに原判決は法二十四条の二の解釈をも誤つているといわざるを得ない。

第三、一般指定八の「正当な理由」の意義、その他について

(原判決の理由二、5、(二)、(1)(2))

一、かりに一歩を譲つて、本件再販売価格維持行為が一般指定八にいう取引の拘束に該当すると仮定しても、本件行為は同指定にいう「正当の理由」なくしてなされたものではないから結局同指定には該当しない、という上告人の主張を原判決は次の理由で排斥している。

一般指定の八は、法二条七項四号に基づき、公正な競争秩序を阻害するおそれのある不公正な取引方法を具体化して指定したものであるから、そこにいう「正当な理由」も、もつぱら公正な競争秩序との関連においてのみ理解せらるべきである。それ故、右競争秩序と直接関係のない場合は、たとえその理由が、通常の意味において経済的合理性あるいは社会感情からいつて正当の如く見えるものであつても、なおこゝにいう「正当な理由」には含まれないと解すべく、したがつて同号にいう「正当な理由なくして」とは、「公正な競争秩序を阻害するおそれがない、即ち公正な競争秩序維持という観点から正当視できる理由がないのに」と解しなければならない。

二、一般指定八は法二条七項第四号に基づくものであり、同項によれば同項各号の行為類型のうち公正な競争を阻害するおそれのあるものに限り不公正な取引方法に指定され得るわけであるから、かゝるおそれのない場合は除かれる意が「正当な理由がないのに」という修飾語に含まれているというところまでは首肯できる。しかしながら、不公正な取引方法として指定されるための要件は単に公正な競争を阻害するおそれがあることだけではない。このほかに元来その行為が不当なものであることである。即ち、七項の各号には何れも「不当な(に)」なる制限がなされている。これにより、各号に掲げられた類型に属する行為でも「不当でない」ものは、先ず指定されるべき範囲から除かれることが明らかである。右原判決の判示は二条七項各号中の「不当」なる字句を全く無視したものである。もつとも、これ等「不当」の意義について、それは競争秩序の維持という法の目的からとらえなければならないのであるから、内容的には「公正な競争を阻害するおそれ」の場合と一致するという学説もないではない(正田彬著「独占禁止法」211-2ページ)。但しこれは多数学者の全面的な支持を受けているわけではない(今村成和著「法律学全集52独占禁止法」84ページ、田中誠二著「新版経済法概説」177-8ページ。なお今村「公正取引」225号「昭和43年度審決総評」24ページ第二欄および25ページ(注四)参照)。果して論者のいう如く「不当性」と「公正な競争を阻害するおそれがある」とが内容的に常に一致するものとすれば、何故にこの二の限定を別々に掲げたのかについてはなんら説明がなされていない。また端的に「公正な競争を阻害するおそれある」と書けばはつきりするのに、わざわざ「不当な(に)」というようなあいまいともいえる字句を用いた理由もわからない。立法経緯から看ても、先ず各号の字句が定り、しかしたとえ不当な行為であつても競争に秩序にかかわりのないものまで取締る理由はないという反省から、本文中に「公正な競争を阻害するおそれあるもの」の字句が加えられたものの如くである(通商産業大臣官房調査課編「日本産業と独占禁止法」119ページ)。このことは、多数説と上告人の主張とが正しいことを裏付けるものである。

三、産業界における公正な競争秩序の維持ということが独占禁止政策上最も重要な原理であるということに異論はない。これが法の一貫せる目的であるといつても差支えないであろう。であるからといつて、これを以て本法における不当性の唯一の基準とすべしというのは、少しく性急に過ぎた論と思われる。いうまでもなく、本法は企業の自己責任を基軸とする自由経済主義を基盤としているものである。経済活動の自由の保証の下に事業者の創意の発揮により国民経済を繁栄させることこそ本法の終局的目的なのである(法第一条参照)。ここにおいて、本法解釈にあたり、常に念頭に置かなければならないいつそう高次の原理として、企業の自己責任、自由経済主義の優位ということが考えられる。競争秩序の維持は自由経済主義の一面ではあるがその全部ではない。この両者は常に密接に関連しながら、しかも本質的には二の異つた原理である。従つて、一定の行為が法上好ましいか好ましくないかもこの双方の観点から評価する必要がある。これ法が不公正な取引方法の指定について「不当」であること「公正な競争を阻害するおそれがある」ことゝの二重の基準を設けた理由と解せられる。

右の如く「不当」と「公正な競争を阻害するおそれ」とは本法解釈上も決して同義語ではなく、内容的にも常に一致するとは限らない。故に、一般指定八その他の「正当な理由がないのに」または「不当な(に)」なる字句は原判決の主張する如く競争秩序にかゝわりのないものを除外する意味もあるが、それのみではない。同時に本法にいう「不当」に当らないものをも除外する意味を含むものではなくてはならない(同説田中前掲)。それにしても本法にしても指定にしても何故にこのような含蓄のおおい表現を用いたのであろうか。

四、おもうに、取引界の現象は極めて複雑多岐且つ流動的である。同一類型に属する行為でも、時と場合によりその影響と効果は常に同一ではない。また絶えず新らたな現象が発生するのである。この一々の場合を予測してこれに即応する法規を立てることは非常に繁雑となり不可能に近い。ここにおいて国民の経済活動全般を規制する法規は弾力的な運用を可能ならしめるよう出来るだけ抽象的包括的ならざるを得ず、その結果、これが正しき運用のためには特別の専門の知識経験に基く深い洞察力を要求されることになるものである。これ法が、若干の当然違法行為(per se illegal例、旧法四条一定の共同行為の一律禁止、法第一一条持株会社の禁止)を除き、その主要な規定にはつとめて包括的な字句を用い、これが運用のために公正取引委員会なる特別の機関の設置を定めている(法二七条以下)所以である。すなわち法の最も主要な規定である独占および不当な取引制限の定義の如き、その実質要件がすでにかなり抽象的な上に、更に「公共の利益に反して」という広汎な基準を設けて、一定の行為が外形的に定義に一致するか否かのみならず、進んで、その特定の状況の下にこれを排除することが真に法の目的に適うか否かを公正取引委員会の判断にまつこととしている(法二条五項および六項、三条、七条)。

事柄が経済活動の細目にわたり利害関係の錯雑している個々の事業活動の規制となるその必要はいつそう大である。

外形的に同様な行為でもその行われる状況によつてその効果は一様ではあり得ない。またその作用は決して単一ではなく副作用、反作用等一連の結果を伴うのが常である。更に、業界においては、業者間或は業者と消費者との間に利害が対立し各々相当の言い分があることもあり、また、長期的に見るか短期的に見るかによつて是非の判断が異ることもあるであろう。彼是考えるときは、具体的の場合、たとえ同じ類型の行為でもその法的評価は単純一様であり得ないことは当然である。この種々な要素の組合せから生ずる無数の場合および何時発生するかも知れない新種の取引手段を洩れなく予め具体的に規定することは少くとも繁雑に堪えないであろう。不公正な取引方法の内容を法自体に規定せず、これを公正取引委員会の指定に委せたのもこの故であると思われるが、たとえ専門の知識経験を有する人士を以て構成する同委員会(法二九条)を以てしても上述の如き複雑多岐な場合を一々具体的に規定することは能くするところでなく、広く全事業分野に恒常的に適用せらるべき一般指定においては或る程度その字句は抽象的概括にして置いて具体的の場合の評価は公正取引委員会に委せるほかないのである。これ一般指定がそれぞれ一定の行為類型を掲げるとともにこれを「正当な理由がないのに」「不当な(に)」等の修飾句を以て限定するという構成をとつている所以であると考える。すなわち、「正当な理由」「不当性」の有無は単に競争を阻害するか否かという側面からではなく、もつと大所、高所から一定の行為が特定の状況の下に、果して事業者の創意を原動力とする自由経済制度により国民経済の発達を所期するという本法の目的に反するか否か、これに対して得るところと失うところと何れが大きいかという柔軟な基準によつて判断されなければならない性質のものと考えるのである。

五、以上の見地に立ち、上告人は、本件再販売価格維持は企業の自己責任上当然許さるべき範囲を出ておらず、毫も不当な点はないと信ずる。育児用粉ミルクは極めておとり商品として利用され易い性質を持つており、新興の量販店等によつて常時不当な廉売の対象にされ、これが在来の小規模流通業者の取扱い意欲を失わせる結果となり、引いては、これを販売する小売店が減少したり、サービスを怠り、現在日常必需品である育児用粉ミルクの購買者である大衆にめいわくをかけるという結果を招くのである。したがつて、これを防止することは小規模業者の営業権を防護すると同時に消費者の利益にも合致するものであつて何等法の目的に反するものではなく、正に「正当な理由」のある場合である。

六、原判決は「また、いわゆる不当廉売があるとしても、それは通常それ自体不公正な取引方法に当るものと考えられるから、その排除は法にしたがつて、被告のなすべきことである」といつている。しかしながら、(一)この文中にも認めている如く不当廉売は法上の不公正な取引方法に該当するもののみに限らない。たとえ原価を割らなくても正常な経費利潤を切つたおとり販売は等しく同業者に打撃をあたえる。(二)明らかに不公正な取引方法にわたる如き廉売も広く行なわれているにもかかわらず、如何なる理由によるか、被上告人がこれに対して不当に低い対価をもつて物資を供給することに対する規定(一般指定五前段、旧法二条六項三号)を発動したことは未だかつてないことは、公知の事実である。これは、ひとり我が国のみではなく、諸外国においても、現在のところ、おとり販売に対する有効な対策は再販売価格維持による自衛のほかには考えられていない。これ諸外国でも商標(ブランド)等の信用の防護、おとり販売対策のためには再販売価格維持禁止の除外例を定めるのが通例であり、わが国においても次に述べる法二四条の二の特例を設けた理由であると考える。

七、法は二四条の二において、一般消費者により日常の使用に供される商標品で公正取引委員会の指定するものについては再販売価格維持を合法と認めている。現にこの規定に基き医薬品、化粧品等が指定され、これに基いて、この業者のみは、これらの商品について再販売価格維持を行つている(これ等商品を取扱うのが、たまたま粉ミルクの主たる販売経路である同じ薬局薬店であるためいつそう集中的に粉ミルクがおとりに供せられる原因となつている)。この特例を設けた理由は、通常、商標の信用の防護、おとり販売防止の必要と説明されており(公正取引委員会事務局編「改正独占禁止法解説」278、280ページ)、これにはかつて異論がない。ここに指摘して置かなければならないのは、指定商品であつても再販売価格維持は流通業者間の価格競争の抑圧、小売価格の下方硬直、非能率販売業者の温存といつた再販売価格維持の弊害の面においては非指定商品と何等変らないということである。しかも、法がかかる特例を認めたのは、右の様な消極面に拘らず、量産品の商標の信用維持の要請、おとり販売の防止の正当性をより重しとする場合があること、即ち本法の目的に照らし、これらの事由の正当性を認めたものにほかならない。(これを看ても原審決ならびに原判決の競争の阻害即不当という解釈のとうてい維持すべからざることは明白である)。指定商品にあつては再販売価格維持は即ちこの場合に該当することを公認されているのだから改めてその正当性を立証する必要はない。粉ミルクは未だ指定を受けていないのであるから当然適法とせられることはあり得ないのはもとよりである。しかしながら一般消費者の日常使用される商標品でありそのものにつき自由な競争が行なわれている等二四条二の実体的要件は悉く具えており、その上おとり販売に対して自らを護る必要があることは、被上告人も強いて争つていないところである。したがつて、その再販売価格維持は一応一般指定八のいわゆる取引の拘束に当るとしても右述べたる如く正当な理由があるのであるから結局同指定には該当しないものといわねばならない。指定商品と全く同一条件を具えていることが証明されてもなお且つ一を適法とし、他を不適法とするのは単に法の適用を誤つているのみならず著しく公正を欠くものといわねばならない。

原判決は「真に……再販売価格維持行為を採らなければならないのであれば、法二四条二の指定除外を受ければよいのである」といつているが、事実は、上告人は昭和四〇年九月一〇日文書を以て指定の申請をなし、外の育児用粉ミルクの製造販売会社も相次いてこれが申請をなしたのであるが、被上告人はこれに対して全く何の応答をなさないのである。法二四条の二の指定が、羈束裁量であるか自由裁量であるかが学者の間で争われているが、被上告人はこれを完全な自由裁量事項として、取扱つているし、また、当事者に申立権を認めているのではなく、職権の発動を求めるに止まる申立と解しているようである。さらに現在まで指定の基準を公表したこともない。他方、一旦指定された商品が、その後別段業界の事情に変化がないのに取消されている例もある。如何にある商品が指定を受ける資格じゆうぶんであると考えても業者は如何ともする術がないのである。本件はかかる現実を十分考慮して判断しなければならないのである。原審の判示が右指定除外を当事者に権利としての申立権を認めての趣旨であれば、まだ理解ができるが、その趣旨であれば、最高裁判所がそのことを明言してもらいたい。それが被上告人の解釈と取扱いを是認しての趣旨であれば、全く実効のない理由にならない理由付けというの外はない。

八、現在わが国と同じく独占禁止法制を有する自由主義諸国は何れも再販売価格を指定することは、原則として違法としている。その理由は何かといえば、それは流通業者間の価格競争を妨げるが故に好ましくないからというのに説が一致している。換言すれば、再販売価格維持禁止法の保護法益は流通業者殊に小売業者間の自由な価格競争の担保にある(この点第二、一、においてちょっと触れた判決の判示は再販売価格維持を行う業者とその同業者との競争の阻害を重視しているかにも見えるが、それは通常起る現象でなく、少くとも再販売価格維持の主要な側面ではない)。従つて再販売価格維持の禁止は経営上合理的な価格競争の行われ得る場合でなければ意味がない。ところで育児用粉ミルクの取扱いが一般に極めて薄利であること(卸店は卸価格の五パーセント、小売は小売価格の一〇パーセント程度)は業界公知の事実である。そして、中小規模の薬局薬店の営業経費は最低売上の約一〇パーセントというのがこれまた常識であるし、これらの点は本審決手続で十分取調べられている。すなわち現在の小売の値幅は、辛じて営業経費を償う程度で合理的に圧縮し得る最低限度に止つており、これ以上健全な価格競争を行なう余地は全くない。こういう状況の下における再販売価格維持は必要経費を切つた不当な廉売を阻止する効果こそあれ健全な価格競争を妨げることにはならず、これによつて何等法益はおかされていないのである。この現実に即して考えるならば、かりに原判決の主張する如く正当な理由があるとは、公正な競争秩序を阻害するおそれがないことを意味するものであるという解釈に従つてもこの場合は正当な理由があるものである。それなのに原判決は上記のように、排除処置を待てばいいとか、特定除外を受ければいいという理由で、上告人の主張を排斥しているのは、取引の実情と被上告人のとつている態度とを全く無視した観念的な解釈で、一部の利己的な業者をのみ保護し、正常な業者を苦しめ、引いては国民大衆の利益さえおびやかす結果になるのである。

そうであるから、如何なる観点からも本件被疑行為は、正当な理由なくしてなされたものではなく、法一九条違反に問わるべきものではない。

九、原判決は、上告人がFⅡの発売についてとつた処置が、一般的制度のものであるから違法なものであると判示して、「なお、原告は右販売方策は原告の全取引先にはあるが、特定者に対するものである点をとらえ一般的、制度的であることを否認するが、独自の見解であつて採用し難い」といつている。しかし、この点に関する上告人の主張は、右のような趣旨ではない。上告人のこの点に関する主張は、原審で陳述した第五準備書面(昭和四五年一月二〇日)の第三で主張したものであつて、その要旨は下記のとおりである。被上告人も原審において、販売店が不当廉売ないしおとり廉売をなした場合には、その特定の販売店に対して再販価額を拘束して違法ではないと主張しているのである。そうだとすれば、本件の通知を発した当時、FⅡについて不当廉売ないしおとり廉売をなしていた販売店が、少くとも一一店あつたのであるから、上告人の本件決定と通告も右一一店に対する関係では適法であるという趣旨である。したがつて、上告人の主張の趣旨は、本件常務会の決議ないしその通告が一般的なものではないといつているのではなく、それを是認した上で、これは右一一店に対する関係では、具体的な再販価格を指定する決定と通知とを当然に含む趣旨であると解すべきであるとの主張なのである。よつて原審のこの点に関する判示は、上告人の主張を全く正解しない判示であつて、右上告人の主張に対しては全くなにも判示していないことになるのであり、判断遺脱の違法があるといわなければならない。

第四、審決主文の命ずる排除措置等の判断の違法について

(原判決理由二、3)

被上告人のなす審決が、原判決の判示するように、経済社会における公正な競争秩序が阻害されている場合に、これを排除して右秩序の回復、維持を図ることを目的とする行政処分であることはもちろんであるが、その秩序の回復、維持を図る際には、他面、それが為めに不当に国民の権利が侵害されることのないように、つとめなければならないことはもちろんである。原判決は、理由の3において「仮に、原告主張のようにF、FⅡの販売が取りやめられたとすれば、本件審決は、右二者については、もはや内容的にその効力を及ぼす余地がないというにすぎず」といつているが、これは法律的にいかなる意味なのか理解ができない。民事訴訟の請求異議訴訟のような規定のない行政訴訟手続では、このような場合に、上告人としてはどんな手段とか方法とによつて、これに対処していいか判らないのである。この点については被上告人の審決の主文はなんの配慮をもしていないし、上告人にFとFMについて本件常務会決定に従つて販売していたとも積極的には認定されていないので、上告人としてはFとFMについては後記のようにどんな処置をとつていいか判らないと主張したのである。それなのに、原審は右記のように、本審決が内容的にその効力を及ぼす余地がないというと、上告人はFとFMについて全然販売していないとか、本件常務会決定に従つていないとすると、上告人は実質的には、本審決に右の範囲内では従う必要がないから、なんの処置をとる必要がないと解していいのかどうか全く判らない。さらに審決の主文の内容に則して検討してみよう。主文一ないし三についてはFⅡと同様に適用があると解すべきようだが、そうすると審決の効力がないとの趣旨をどう理解すべきなのか判らない。主文四ないし六についても主文の文字どおりに従つて通知するのか、すでに全く本件決議を全く適用していないFとFMについては、適用していない旨を通知すればたりるのかも全く判らない。したがつて、この点については、原判決は、上告人の主張を十分理解して審理判断をしていないから、原審は、結局においては、審理を尽さず、判断を遺脱したと同様であつて違法である。

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